仁義で人々を大事に教育する性善説は、長い時を経て王を超えた:孟子

タイトル:孟子が約二千三百年先のあなたに語りかける――性善説・王道・浩然の気をめぐる、ある対話

はじめに

戦国時代。国々が、血で血を洗っていた時代。一人の思想家がいました。名を孟軻。後世の人は、彼を孟子と呼びます。

彼は、旅をしました。梁へ、斉へ、宋へ、滕へ。王たちに語りかけました。仁を持てと。民を大切にせよと。人の心は、もともと善いのだと。

王たちは、聞きました。そして、ほとんど動きませんでした。

それでも、孟子は語り続けました。弟子たちは、その言葉を書き留めました。それが、『孟子』という一冊の書物になりました。

約二千三百年の時が流れました。

今あなたは、この文章を読んでいます。孟子の言葉は、死んでいません。教育の現場に。経営の現場に。そして、あなたの心の中に。

これは、そんな孟子の物語です。

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第一章 性は善なり

ある日。孟子の弟子の公孫丑が問いました。

「先生。人は生まれながらに善いのでしょうか。それとも悪いのでしょうか」

孟子は、静かに答えました。

「水は、低きに流れる。人の心も同じだ。善へ向かう。それが性だ」

公孫丑は、首をかしげました。

「ですが、先生。世には、悪人がいます。盗む者、殺す者、騙す者。彼らは、どこから来たのですか」

孟子は、少し笑いました。

「山を思え。かつては、木が茂っていた。だが、斧が入り、牛が草を食んだ。それでも、山は山だ。木の芽は、まだある。だが、誰もそれに気づかない。人は、山を見て、『もともと、木など、なかった』と言う。それは違う。木はあった。ただ、育てられなかっただけだ」

公孫丑は、黙りました。

孟子は、続けました。

「だから、私は言う。性は善なり。だが、その善は育てなければ、枯れる。環境が、人を作る。教育が、人を作る。そして、自分自身の努力が人を作る」

第二章 四端――心の四つの芽

孟子は、人間の心に、四つの芽があると言いました。

一つ、惻隠の心。他人の痛みを見て、胸が痛む心。これは、仁の芽です。

二つ、羞悪の心。悪を恥じる心。これは、義の芽です。

三つ、辞譲の心。譲り合う心。これは、礼の芽です。

四つ、是非の心。善悪を見分ける心。これは、智の芽です。

孟子は、言いました。

「人が、井戸に落ちそうな子どもを見たとする。その時、あなたはどう思うか。親のためか。村の評判のためか。違う。ただ、胸が痛む。それだけだ。これが、惻隠の心だ。これが、人に生まれた証だ」

公孫丑は、問いました。

「先生。その芽は、誰にでもあるのですか」

「ある。王にも。農民にも。商人にも。盗人にさえある。ただ、多くの人は、その芽に気づかない。気づいても、水をやらない。だから枯れる。育てれば、仁義礼智の四つの徳に育つ。育てなければ、ただの荒地になる。同じ、人間に生まれながら、その差が出る。それは、生まれの差ではない。育て方の差だ」

公孫丑は、深くうなずきました。

そして、問いました。

「先生。では、どう育てればいいのですか」

孟子は、答えました。

「まず、気づくことだ。自分の胸の痛みに気づく。次に、それを大事にすることだ。そして、毎日少しずつ行うことだ。善い行いを一つする。それを、繰り返す。繰り返せば、習慣になる。習慣になれば、性格になる。性格になれば、運命になる」

公孫丑は、目を輝かせました。

「運命になるですか」

「なる。人は自分の行いの積み重ねで、できている。今日のあなたは、昨日のあなたの行いの結果だ。明日のあなたは、今日のあなたの、行いの結果だ。だから、私は言う。運命は、天から降ってくるのでは、ない。自分の手で育てるものだ」

第三章 王道と覇道

時は、流れました。孟子は、斉の都にいました。斉の宣王が、孟子を招きました。

宣王は、問いました。

「先生。私は、国を強くしたい。隣国に勝ちたい。どうすればいいか」

孟子は、答えました。

「王よ。あなたは、覇道を求めています。力で人を従える道です。私は、王道をすすめます。徳で、人を従える道です」

宣王は、眉をひそめました。

「徳で、国は強くなるのか」

孟子は、うなずきました。

「なります。人は、力に従います。しかし、心は従いません。力で従わせれば、隙あらば逃げます。裏切ります。徳で従わせれば、人は、進んでついてきます。あなたのために、働きます。これが王道です」

宣王は、黙りました。

孟子は、続けました。

「王よ。あなたは、牛を見て、その震えている姿に、心を痛めたことが、あるでしょう。私は、それを聞きました。それこそが、惻隠の心です。その心を、民に向けなさい。民が飢えれば、あなたも飢える。民が苦しめば、あなたも苦しむ。国は、王のものではない。民のものだ。これが、民本の思想です」

宣王は、静かに言いました。

「民が、王より大事だと」

「そうです。民が第一。次に国。最後に王。この順序を間違えれば、国は滅びます」

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第四章 恒産恒心

孟子は、言いました。

「民には、恒産が必要だ。安定した、暮らしの基盤だ。恒産があれば、恒心が生まれる。安定した心だ。心が安定すれば、人は善く生きる。だが、恒産がなければ、恒心は持てない。飢えれば、人は盗む。盗んでも、それは民のせいではない。上に立つ者のせいだ」

公孫丑は、問いました。

「先生。それは、甘い考えではないですか」

孟子は、首を横に振りました。

「甘くは、ない。厳しい現実だ。人は、空腹で礼を語れない。寒さで、義を語れない。まず食べさせよ。まず着せよ。それから、教えよ。順序を間違えれば、何も育たない」

公孫丑は、うなずきました。

孟子は、続けました。

「だから、私は言う。教育は大事だ。だが、教育の前に暮らしがある。暮らしの前に、政治がある。政治の前に、王の心がある。すべては、つながっている。誰か、一人だけが善くても、国は善くならない。全員が、少しずつ善くなれば、国は善くなる」

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第五章 浩然の気

ある夜。公孫丑は、孟子に問いました。

「先生。あなたは、いつも堂々としています。何か、力の源があるのですか」

孟子は、静かに答えました。

「浩然の気だ」

公孫丑は、問いました。

「浩然の気とは、何ですか」

孟子は、少し間を置いて言いました。

「一言で、言えば、義を積み重ねた、心の力だ。勇気は、外から来る。だが浩然の気は、内から湧く。正しいことを、正しいと言い続ける。間違ったことを、間違いと言い続ける。それを、毎日積む。するとある日、胸の中に満ちる。それが浩然の気だ」

公孫丑は、問いました。

「それは、一朝一夕で、身につくものですか」

孟子は、首を横に振りました。

「つかない。宋の農民の話をしよう。彼は、苗が育たないのを、焦って苗を、一本ずつ引っ張って伸ばした。翌日、苗は全部枯れた。これを、助長と言う。善を、急いで成そうとすれば、かえって、善は逃げる。浩然の気は、毎日の積み重ねでしか育たない」

公孫丑は、深くうなずきました。

孟子は、続けました。

「私は、王になれなかった。どの国も、私を用いなかった。それでも、私は絶望していない。なぜか。私の胸に、浩然の気があるからだ。世が、どう動いても、私の心は動かない。これが、大丈夫という生き方だ」

公孫丑は、問いました。

「大丈夫とは、何ですか」

孟子は、答えました。

「富も地位も、乱せない。貧も卑も、移せない。威も屈せない。これを、大丈夫と言う。君子の生き方だ」

第六章 五十歩百歩

ある日。梁の恵王が、孟子に言いました。

「先生。私は、国を治めるのに、心を尽くしている。隣の国は、そうではない。それなのに、隣の民は減らず、私の民は増えない。なぜだ」

孟子は、答えました。

「王よ。戦を思い出してください。太鼓が鳴り、兵が進む。しかし、ある者は五十歩逃げ、ある者は百歩逃げた。五十歩逃げた者が、百歩逃げた者を笑ったら、どう思いますか」

恵王は、言いました。

「それは、おかしい。五十歩も百歩も、逃げたことに変わりはない」

孟子は、うなずきました。

「その通りです。王よ。あなたは、隣の国より、善いと思っている。だが、本当に善い政治を、していますか。豚や犬に、人の食べ物を食わせている。道に飢えて、死ぬ者がいる。それを知りながら、『私のせいではない。年のせいだ』と言う。これは、五十歩逃げた者が百歩を笑うのと同じです」

恵王は、黙りました。

孟子は、続けました。

「王よ。善い政治とは、何か。民に、田を与える。税を軽くする。教育を施す。そして、自分を省みる。できないことを、人のせいにしない。これが、王道の第一歩です」

第七章 現代へ――孟子の言葉は生きている

時は、約二千三百年、流れました。

孟子の言葉は、消えませんでした。むしろ、今の時代に響いています。

教育の現場で。ある教師は、言います。「性善説を信じる。子どもは、もともと善い。だから、叱るより芽を育てる。その芽が育つ、環境を作る。それが、私の仕事だ」

経営の現場で。ある社長は、言います。「王道と覇道。私は、王道を選ぶ。社員を、力で従わせれば、人は辞める。徳で従わせれば、人は残る。そして、育つ。孟子は、約二千三百年前に、すでに組織論を語っていた」

そして、あなたの心の中で。

あなたは、今日何かを選びます。善いことか悪いことか。育てるか枯らすか。その選択の一つ一つが、あなたの運命を作ります。孟子は、そう言いました。

あなたは、言うかもしれません。「私は、孟子ではない。ただの普通人だ」と。

孟子も、普通人でした。王になれませんでした。どの国にも、用いられませんでした。弟子と共に、旅をし、貧しく暮らしました。

それでも、孟子は、語り続けました。誰か、一人に届けばいい。その一人がまた、誰かに伝えればいい。そう思って、語り続けました。

約二千三百年後。その言葉は、あなたの目に触れています。

終章 あなたへの手紙

親愛なる、あなたへ。

私は、孟子です。約二千三百年前の人間です。あなたの顔も声も、知りません。あなたが、どんな人生を歩んでいるかも知りません。

ですが、一つだけ、確信があります。あなたの胸にも、惻隠の心がある。羞悪の心がある。辞譲の心がある。是非の心がある。それが、あなたが人間である証です。

その、四つの芽を、枯らさないでください。水をやってください。毎日少しずつ。

あなたは今日、誰かに親切にしましたか。誰かの痛みに、胸を痛めましたか。間違ったことを、間違いと言えましたか。

もしできていれば、あなたの浩然の気は、少し育っています。もしできていなければ、明日すればいい。孟子は、そう言います。善は、いつ始めても、遅くない。

あなたの運命は、あなたの手の中にあります。

孟子より。

おわりに

この物語は、『孟子』という、一冊の書物から生まれました。性善説。四端。王道。仁政。民本。浩然の気。大丈夫。五十歩百歩。助長。恒産恒心。

これらは、約二千三百年前の言葉です。しかし、今の教育に経営に、そして、あなたの人生に生きています。

孟子は、答えを与えませんでした。問いを与えました。

あなたは、どう生きますか。

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